上海(シャンハイ) 中国の東海岸に面し、長江河口の南岸に位置する中央政府の直轄市。工業、商業、金融、貿易、科学技術の発達した中国有数の都市である。台湾をふくむ国内32の一級行政区(23省、4直轄市、5自治区)の中では面積が最小で、人口密度はもっとも高い。長江デルタに開けた都市のため地勢は平坦(へいたん)で、西部のティエンマー山(天馬山:98m)などいくつかの丘陵地以外は平均標高4mの沖積平野である。市域にはホワンプー江(黄浦江)、スーチョウ河(蘇州河)など多くの河川がながれる。北部の長江河口にあるチョンミン島(崇明島)は、長江の流出土砂が堆積(たいせき)してできたもので、タイワン(台湾)、ハイナン島(海南島)につぐ中国第3の島(面積1041km2)である。漢民族が住民の大半を占め、ほかに回、満、モンゴルなど約5万人の少数民族がすむ。面積は6341km2(市区は5299km2)。人口は1327万人(市区は1262万人。2001年)。

 

 ■市域

 市の範囲は、中心市街地、郊外の衛星都市・町・農村部にくわえ、北端の長江沿いに立地する宝山製鉄所、南端のハンチョウ湾(杭州湾)に広がる金山石油化学総廠(そうしょう)などをふくむ。18の区と1つの県を管轄し、あわせて132の鎮、3つの郷、99の街道弁事処、3393の居民委員会、2037の村民委員会がある(2002年)。

 旧市街地は黄浦江の西岸に開け、黄浦江にのぞむバンド(外灘)とよばれる一角には、19世紀後半~20世紀初期にたてられた西洋建築がいくつもならぶ。祭日にはイルミネーションがともり、上海のひとつの顔となっている。旧フランス租界のホワイハイ中路(淮海中路)一帯を中心に、日本をはじめ十数カ国の領事館がたちならぶ。市の中心部にある人民広場には、1992年からの総合改造工事で、市庁舎ビル、上海博物館、上海大劇場、上海美術館が新築された。地下には商店街、中国最大の地下変電所が整備され、また地下鉄やバス路線がのりいれるなど、市の中枢機能が集中する。黄浦江の東岸一帯では大規模なプートン(浦東)開発区の建設がおこなわれており、東方明珠塔(ドンファンミンジュー・タワー。468m)や、金茂大廈(ジンマオ・ビル。421m)がランドマークになっている。

 

 ■経済

 「ペキン(北京)は政治の都、上海は経済の中心」といわれるように、中国随一の商都として知られ、商工業をはじめ貿易や金融などは国内で重要な位置を占める。電子・情報、自動車、石油化学、鋼材、バイオ・医薬などが主力の業種であり、電話交換機、発電設備、家電、IC、自動車などはいずれも全国で大きなシェアを占めている。近年はコンピューター、バイオエンジニアリング、メカトロニクス(機械・電子工学)などのハイテク産業の発展がめだつ。

 人民広場の北端からバンドへとつづく南京東路は、一部が歩行者天国になっている上海最大の繁華街で、一日の人出は100万人をこえる。淮海路にはファッションを中心とした商店街が形成され、最近は輸入ブランドショップが増加している。浦東地区ではアジア有数の規模をほこる大型デパート(営業面積10万9000m2)が1995年末に開店した。

 中国交通銀行本店など各種の金融機関が3200行以上(2002年)をかぞえる。中国初の上海証券取引所があり、2000年の証券取引高は4兆8500億元に達した。その他、外国為替、先物、不動産などの市場が開かれ、活発な取引がおこなわれている。

 上海港は、1万トン級の深水バース(船舶用停泊施設)を74基、国際コンテナ埠頭(ふとう)を20もち、年間貨物取扱量が2億6400万t(2002年)に達する国内最大の港湾である。1985年から上海と神戸、大阪、横浜をむすぶフェリーが就航している。西の郊外にあるホンチアオ(虹橋)空港と浦東地区に新しく誕生した浦東空港は国内外の主要都市とむすばれている。また、上海~ナンキン(南京)、上海~ハンチョウ(杭州)の2つの幹線鉄道や南京などへ通じる高速道路の起点になっている。市内交通の動脈としては3路線の軌道交通(地下鉄)や市内各所をむすぶ高架道路が開通しており、浦東空港を起点とした30kmの区間には実用化したものとしては世界初のリニアモーターカーが最高時速430kmで運転されている。

 上海は中国国際通信の基地のひとつでもある。日中間の海底ケーブルのほか、世界各国とむすぶ衛星通信施設が設置されている。市内局番も国内初の4桁(けた)となった。

 

 ■歴史と文化

 もともと漁村地帯だったこの地は、南宋時代(1127~1279)に都がカイフォン(開封)からハンチョウ(杭州)にうつって以来、商業と水運業がさかえはじめた。1290年に県に昇格、明代の1553年に6つの城門をもつ城壁がきずかれた。

 アヘン戦争の結果むすばれた南京条約にもとづき、1843年に通商港として開港された。イギリス、フランス、アメリカ、日本などによって「租界」という名の外国領が市内にもうけられた。蘇州河の北に広がるホンコウ(虹口)地区には多くの日本人がすんだ。日本人が使用した機関、事務所ビル、商店、住宅が今ものこっている。

 1921年の中国共産党の結成、25年の中国国民党による五・三〇事件、27年の四・一二クーデタ(→ 上海クーデタ)、32年と37年の上海事変、中国全土を激動にまきこんだ文化大革命など、中国現代史の重要な事件がこの地で発生した。

 1990年、国家プロジェクトである浦東開発計画が発表され、チンチアオ(金橋)輸出加工区、ルーチアツイ(陸家嘴)金融貿易区、ワイカオチアオ(外高橋)保税区、チャンチアン(張江)ハイテク園区の建設のほか、外高橋港区などの大型プロジェクトがすすめられた。それまでの純農村地域は、100棟近くの高層ビル、整然とした住宅団地などがそびえたち、高級別荘地もある近代都市に生まれかわった。

 中国最大の国際都市をめざす急速な発展ぶりは、世界の注目をあつめている。世界の70カ国および地域からの外資投入は、2002年末までに2万7700件、633億7300万ドル(契約ベース)に達した。上海における日本人の長期滞在者は1万109人(2001年)おり、多くの日系企業が拠点をかまえている。

 横浜市、大阪市、ミラノ、サンフランシスコ、ロッテルダム、カラチ、アントワープ、マルセイユなどと友好関係をむすんでいる。

 

 ■観光と文化
 市内には、上海の浅草といわれる豫園(よえん)、白玉でつくられた2体の玉仏をまつっている玉仏寺、静安寺、竜華寺、中国共産党第1次全国大会の会議場跡、この地で生涯をおえた魯迅の記念館などがあり、郊外にはチアティン(嘉定)の孔子廟(びょう)、ソンチアン(松江)の宗代の方塔などの史跡がある。上海ガニに代表される上海料理(→ 中国料理)、パンダなどの動物が芸をみせてくれる雑技、斎藤憐(れん)の戯曲「上海バンスキング」の時代を再現するかのようなスウィング・ジャズが聞けるオールド・ジャズバンドなども観光客をひきつけている。

 復旦大学(1905年創立)、上海交通大学(1896)など46の大学、265の国公立研究機関、上海映画製作所など3つの映画製作所、解放日報など70をこえる新聞社、500以上の雑誌社、2つのテレビ・ラジオ局などがあり、国内で重要な学術研究と情報の中心地である。上海国際映画祭や芸術祭などがもよおされている。また中国における最新文化、ファッションの発信地としても知られる。

(資料出所:マイクロソフトエンカルタ2007)

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